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世界遺産コルドバの観光と歴史とメスキータ スペイン Cordoba

投稿日:2019年1月9日 更新日:

世界遺産コルドバの観光と歴史とメスキータ スペイン Cordoba

世界遺産コルドバの観光と歴史とメスキータ スペイン Cordoba

世界遺産コルドバの観光と歴史とメスキータ スペイン Cordoba

コルドバはどちらかというときらびやかさよりは、いぶし銀のような風格を秘めた町です。
千年の昔ここは一大文化が栄え、西欧一の大都会を形成していたとは想像しにくいかもしれません。
外観は目立たなくても中身が素晴らしいので、いみじくもスペインの哲学者オルテガが「さかさまのバラの木」に例えたのもうなずけます。つまり、土の表面に出ているのは根ばかりで、大輪のバラは土中に埋まっているのです。それを掘り起こして鑑賞するかどうかはあなたの意志にかかっているという次第です。

コルドバの意味はフェニキアの黄金の町、彼らは色づく麦の穂がなびくのを見てそう呼んだそうです。
8世紀にはイスラム勢力がここを支配し、その後キリスト教勢力によって奪回されました。そのためにこの街には今もなおイスラム文化の名残があります。

コルドバドは、1984年にメスキータが、旧市街全体が1994年に世界遺産として登録されています。
コルドバの人口328,841人 (2014年) 東京13,857,664(2018)標高120M


コルドバの歴史

グアダルキビル川河畔に広がるコルドバはカルタゴ人によって形成され、ローマ時代には、ロ-マの属州「 ヒスパニア・ バエティカ」の首都となりました。暴君ネロの教育係のセネカの生まれた町でもあります。

しかしなんと言っても最盛期はイスラム教徒の時代です。メッカ出身のモハメットがイスラム教を確立したのが622年、その90年後にはイスラムは中央アジアからイベリア半島にいたる広大な帝国を築き上げ、イベリア半島の新領土をアル・アンダルスと呼び首都をコルドバに置きました。アル・アンダルスから現在の地方名アンダルシアが生まれました。

750年イスラム帝国の中心地ダマスカスで政権争いが起こり14代続いたウマイヤ朝がアッバース朝に変わりウマイヤ一族は全員虐殺されました。奇跡的に一人の王子が逃れ逃亡の旅に出ます。王子は母親がベルベル族の出身だったので母の親戚を訪ね北アフリカのモロッコまで行き、そこでイベリア半島に目をつけ、756年25才で半島に乗り込み、アブド・アッラフマーン一世としてコルドバで即位しました。彼は左目が不自由でしたが、カリスマ性がある人物でした。

後に中央政府はコルドバが最盛期を迎える頃、首都をダマスカスからバクダッドに移します。歴史家はダマスカスに栄えた王朝を「前期ウマイヤ朝」コルドバを「後期 ウマイヤ朝」と呼んでいます。

10世紀コルドバはヨーロッパ最大の繁栄を見せ、当時の人口は100万近くに達したとも言われ、ヨーロッパでも最大の都市となりました。当時世界でコルドバに匹敵するのはコンスタンチノープルだけでした。395年東西ローマの分裂後8-10世紀移民族の侵入を押えたビザンチン帝国の首都コンスタンチノープルの人口は約70万人、コルドバはこれ以上の人口をかかえメスキータをはじめ、300のモスク、50の図書館や学校などが整備されました。

またコルドバにはイスラム教の伝来とともに、古代ギリシャやローマの文献がアラビア語で伝えられ、これらを学ぼうとする人たちがヨーロッパ各地から集まり、モスクの中にはスペインで最初のマドラサという学校が設けられました。ここで開花した多くの学問が11~13世紀にラテン語に翻訳されヨーロッパ全土へと流布されていきました。コルドバは、学問の一大中心地で、哲学、数学、天文学、医学、科学、文学などで高名な学者を輩出しました。

11世紀後期ウマイヤ朝は内部対立から倒れ、その後アル・アンダルスは小王国に分裂して13世紀に入り1236年6月29日、カスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服されキリスト教の支配下にはいります。15世紀末、レコンキスタ(国土回復運動)が完了するとイスラム勢力がイベリア半島から追われ、メスキータにはカトリック教会部分が増築されました。


コルドバの観光名所

コルドバの旧市街の観光は徒歩での観光になります。ツアーでは、川向うのローマ橋の付近がバスの乗降場所になります。ローマ橋からだと、町の全体像がきれいに写真におさまります。
トイレはメスキータ近くのお土産物屋で借りられます。

メスキータ Mezquita 世界遺産

メスキータ Mezquita 世界遺産

メスキータ Mezquita 世界遺産

メスキータ (mezquita) とは、スペイン語でモスクという意味です。キリスト教の教会になった後もメスキータと呼ばれています。
西ゴート時代、この場所はサン・ビザンテ教会という教会がありました。教会は、メッカの方角とは無関係に建てられていましたし、人口も増えてきたため、785年、アブド・アッラフマーン一世は教会を取り壊し、新しくモスク(メスキータ)を作りました。その後キリスト教の支配となったため、16世紀の教会の司教マンリケの意向を受け入れ内部に教会と礼拝堂を作ろうとしましたが、一般市民の反対にあいます。しかし、カルロス5世(スペイン国王としてはカルロス1世と呼ばれる。)の耳に入り、簡単に許可が出てしまいました。工事がかなり進行した時、新婚旅行でコルドバに立ち寄ったカルロス5世は「もしこんな事になってしまうとわかっていたら、許さなかったろう、お前達は他の場所にあるような物を建てながら、世界で一つしかない物を取り壊してしまった。」と嘆き悲しんだと言われています。
しかしこのおかげで、現在イスラム教とキリスト教がミックスした奇跡的建造物が見られるわけです。

ミナレット

ミナレット

ミナレット

「免罪の門」の横にそびえるイスラム寺院のミナレット。 ミナレットはフランス語で、スペイン語ではアルミナルといいます。現在は鐘楼になっています。当時のミナレットは倒れそうだった為、キリスト教時代に周囲を囲 ってしまい、鐘楼にしました。上の像は天使ラファエル。高さは69Mあります。イスラム時代はムアッザンと呼ばれる役僧が、祈りの時間を告げるアザーンを1日5回唱えていました。

円柱の森

円柱の森

円柱の森

シュロの門から中に入ると約850本もの円柱が林立しています。赤レンガと白い石を組み合わせた馬蹄型の二重アーチで天井を支えています。二重アーチのアイデアは、ローマの水道橋からヒントを得たものです。
この沢山の柱は非常に幻想的な雰囲気を生み出していて、不思議な別世界へ足をふみこんだ気分にさせてくれ ます。昔は柱は1013本ありました。天井は木製です。

ミフラブ

ミフラブ

マクスラとミフラブ

「ミフラブ」とは、聖地メッカを指し示す目印の事です。イスラム教徒はこの方向を向いて祈りを捧げます。
「マクスラ」は、ミフラブを強調する空間の事です。ミハラブ部分の天井は美しく、ビザンチンのモザイクがはめ込まれています。5mm四方のガラスが貼られています。赤は赤いガラス、青は青いガラス、金は透明なガラスで金箔を挟んだものです。それを支える2本の柱は大理石です。
ミハラブの前に紐が下がっていますが、昔はここに銀のランプがありました。銀のランプは、ナポレオンがフランスに持って行き、今はルーブル美術館にあります。

宝物室

宝物室

宝物室

聖体祭の時のだしがおいてあります。
宝物館を出ると右手の壁に従業員のサインが石膏で形取られています。これは作業した石の柱にも刻まれています。主にアラビア人、ユダヤ人、スペイン人の物ですが、山口と読めるサインがあります。日本人がいたわけは無いので、たまたまでしょうが・・

カテドラル(大聖堂)

カテドラル(大聖堂)

カテドラル(大聖堂)

モスクの中央に建設されたカテドラルの主祭壇は後期ルネッサンス様式、丸天井はルネッサンス様式、聖歌隊席はバロック様式、壁の上になっている部分はプラテレスコ様式と様々な建築様式が混ざっています。これは、16世紀に着工され、完成したのは18世紀で250年もの年月がかかってしまったからです。ラテン十字のカテドラルは、十字の頭の部分に主祭壇があり、足元にロコという聖歌隊が歌を歌う場所があります。ロコの周囲にはキューバから持ってきたマホガニーで作られた彫刻の座席が並べられています。40人の彫刻家が10年の歳月を費やして完成させました。座席の上の段の上部は、左がキリストの生涯、右がマリアの生涯、上の段の下部には旧約聖書の物語が彫られています。毎日9時45分から30分ミサが行われています。

メスキータ
【住所】Calle del Cardenal Herrero, 1, 14003 Córdoba, Spain
【営業時間】月曜日から土曜日10:00-19:00(11月~2月18:00まで)
日曜日 08:30-11:30、15:30-19:00(11月~2月18:00まで)
【定休日】無休
【料金】8ユーロ

花の小道 Calleja de las Flores 

花の小道 Calleja de las Flores

花の小道 Calleja de las Flores ユダヤ人街 La Juderia

メスキータの北側に広がる迷路のように道が入り組んだ地域は、ユダヤ人街です。かつて西カリフ帝国の経済を支える存在として優遇されたユダヤ人はレコンキスタ終了後の1492年に出されたユダヤ人追放令により姿を消しました。狭い石畳の道路の両側に並ぶ白壁の家々とこぼれんばかりに咲きみだれる花の小鉢の数々、この界隈はゆっくり歩いてみたいところです。
また、鉄格子のすかし模様を通して垣間見る各家のパティオ(中庭)は、あまりにも美しく思わず立ち止まってみとれてしまいます。
多くのレストランやお土産物屋が集まっている地域でもあります。

アルカサル

アルカサル

アルカサル

アルカサルは、アルフォンソ11世の命により1328年に改修されたムデハル様式のキリスト教時代の王様の宮殿です。15世紀末には要塞城として使われ、レコンキスタ終了後は宗教裁判所や牢獄として使われた場所でもあります。コロンブスが新大陸発見の資金援助を求め、王に謁見した城としても有名です。
中の博物館には、ローマ時代のモザイクや大理石の棺などが置かれています。
アラブ趣味の広い庭園には、池と噴水、糸杉と熱帯植物が織りなすみごとな調和があり、観光のあい間のひとときを過ごすのに最適です。

アルカサル
【住所】Campo Santo de los Martires
【営業時間】月曜日から金曜日8:30-20:45
土曜日8:30~16:30日曜日・祝日8:30-14:30
【定休日】月曜日
【料金】4.5ユーロ


コルドバに個人で安く行くには?

結論として、おすすめはエクスペディア。航空券とホテルをセットで買うと安いです。
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